I am her , she is me .
野営のテントの中でパンネロは目を覚ました。入り口の隙間からかすかな光が差しこんでいる。目をこすり起き上がる。朝食の準備をしなくては。材料はなにがあったかと考えながらふと周りを見回すと、パンネロは妙なことに気づいた。
最初は6人でひとつのテントだったが、王女様の提案もといわがままで最近は男女別のふたつのテントを使っている。そしてそのテントの中では3人ずつ並んで寝るわけだが、女性陣のテントのことについて言うと、パンネロの隣で寝たがるフランをいつもものすごい勢いで排除してアーシェがパンネロとフランの間で寝る。パンネロはアーシェが真ん中で寝るのがすきなのだと思っているがもちろんそんなのんきな動機からではない。
ということはつまり、パンネロは今アーシェの隣、そしてフランはそのアーシェの向こう隣にいなくてはいけないのである。しかしなぜかパンネロは今ふたりの人物の間にいる。自分の左右の、まだ毛布に頭まで包まって寝ているふたりを交互に見て、パンネロは首をかしげた。
「…寝相悪くて殿下と入れ代わっちゃったのかな」
パンネロはひとり呟いて、またなにか違和感を感じた。声がおかしい。いつもの自分のそれと違う気がする。パンネロはすこし考えて、寝起きだからかな、と適当に納得して立ち上がろうとした。そのとき、アーシェが寝返りを打つ。するとアーシェが被っていた毛布がずれ、アーシェの顔がそれからはみ出す。…はずだったのに。パンネロは驚きのあまり叫び声も上げられなかった。そこから出てきたのは全く持って予想外というかそんなはずがないというか、むしろあたしまだ寝てんのかな的な非現実的な状況だった。
「な、なんで…」
あたしがそこに。ここまで言い切れなかった。そう、パンネロの隣で寝ていたのは紛れもないパンネロだったのだ。パンネロは瞬きも忘れてそこにある自分としか言いようがない寝顔を凝視する。いくら見てもそれはパンネロだった。はっとしてその反対側にいる人物を見る。まさかこっちにまで自分がいるんじゃ…!混乱のあまり思考がものすごい方向へ飛んでいる。
「あ、よ、よかった…」
そこにいるのは確かにフランだった。毛布から彼女の長い両耳がはみでている。パンネロは胸をなでおろす。しかしほっとしたのもつかの間、パンネロは気づいた。フランがいる。そしてパンネロもいる。じゃあ、殿下はどこに行った。…まさか。
パンネロはふたりが起きないようにという配慮も忘れて無我夢中で外に飛び出した。まだ外はそれほど明るくない。しんとした景色は今パンネロ以外がまだ起きていないということを表している。が、パンネロはもちろんそれどころではない。テントのすぐそばにある湖のところへ駆けていき、自分の顔を水面に映す。するとそこにあったのは。
アーシェはがくがくと揺さぶられて意識が覚醒した。薄くまぶたを開けると、誰かの顔があった。多分パンネロだ。アーシェを起こすのは必ず彼女だ。しかしこんなに乱暴に起こされたことは未だ嘗てない。アーシェはなんとなくいらっとして自分を揺すぶる彼女から逃げるように寝返りを打つ。と、これまた彼女は乱暴に自分を揺らす。
「…起きてるからそんなに揺らさないで」
「殿下、起きたなら目開けてください、やばいんですってちょっと助けてください」
かなりとげがある声で言うと、かなり切羽詰った声が返ってきた。その声が尋常じゃない焦り具合だったので、アーシェもまさか緊急事態かと思い起き上がろうと目を開け声の主のほうに顔を向ける。
「やばいって、なにが……」
それ以上言葉が続かなかった。なぜかなんて言わないでもわかると思うが、一応言っておこう。そう、目の前に自分の顔があったからだ。しかも泣きそうな情けない顔の。思わずすごい勢いで体を起こす。目の前の自分の顔をした人物はさらに情けなく顔を歪める。
「……」
アーシェは先程のパンネロのように目の前の人物を凝視する。無意識のまま手が伸びて、目の前の人物の顔をなでる。なでてもなでても自分の顔だ。情けない顔をしたアーシェはされるがまま遠くを見ている。…夢だ、夢に違いない。
「った!」
頬をなでていた指先で今度はそれをつねってみた。すると彼女は痛いと言った。
「夢じゃない…」
「…夢じゃないです。現実です」
情けない顔をしたアーシェ…面倒くさいのでパンネロと言わせてもらおう。パンネロは目尻に涙を浮かべて頬をさすった。
「ついでに言っときますけど、殿下今あたしの顔してますよ」
「は?あたしって…」
「パンネロです。まあ簡単に言えば、心と身体が入れ替わっちゃったっていうか」
「…入れ替わった」
アーシェは今度は自分の顔にふれる。しかしそれでは自分の顔の有様を確認できない。
「外の湖に映してみればわかりますよ、なんとも言えない気分になりますけど」
パンネロはあいかわらず情けなく眉を下げている。アーシェは、半ば無意識に外に飛び出した。
「なんで入れ替わっちゃったんだろ…」
「わたしが知るわけないでしょ」
パンネロは独りごとのつもりだったのだがアーシェは耳聡く聞きつけてとげとげしい返事をする。アーシェがいちいち他人の言葉に反応するのは機嫌の悪い証拠だった。パンネロは機嫌の悪いアーシェといっしょにいるのは勘弁してほしいところだったが離れるのにはいろいろ不安があった。ので次の目的地まで歩いている間はアーシェの隣をキープしている。しかしこのとげとげしい空気…たえられません。ふいに、ちら、と自分の顔をしてしかめっ面をしているアーシェを盗み見る。自分は機嫌が悪いときこんな顔になるんだ。まあそんなことがわかっても全然どうでもいいんだけど。そのままなんとなく見ていたら、視線に気づいたのかアーシェがパンネロのほうを見た。
「ちょっと、あなたもっと堂々と歩きなさい。わたしの顔でそんなおどおどした歩き方しないで」
「え、一応殿下っぽく歩いてるつもりなんですけど」
「全然なってないわよ、もっと胸張って、背筋伸ばして」
アーシェはパンネロの肩にふれて姿勢を正させる。が、どうも不自然さは否めない。まあパンネロならこの程度かとやむなく納得しておこう。
「でもでも、それを言うなら殿下ももうちょっと控えめに歩いてくれませんか、あたしにしてはその態度はえらそうすぎ…」
パンネロはおずおずと呟く。パンネロに文句をつけたアーシェこそ、自分の地の歩き方を崩していないのだ。
「えらそうって、わたしに言ってるの?わたしはえらいのよ」
「や、だからあたしにしてはってことで…殿下おねがいですからちゃんとあたしのふりしてください、ただでさえ変な目で見られてるんだから」
「……」
そうなのだ。ふたりは他のパーティメンバーからかなり訝しげに見られている。アーシェの顔をしたパンネロが朝食の準備をしてその横でパンネロの顔をしたアーシェが不機嫌そうに腕を組んでいるのを目撃されたあたりから。確かにそれは普段の彼女たちとは間逆の立場だった。アーシェはしぶしぶ黙ったが、結局歩き方の改善はしてくれなかった。パンネロはどうしようもなく肩を落とした。ら、またアーシェに姿勢を正された。もう嫌だ。
パンネロとアーシェ的にはなんとか、他のメンバー的にはなんなく目的の街について、一行はまず宿屋で男女一部屋ずつ部屋を取った。その後、武器だなんだの調達に行こうという話になった。
「俺はパス。今日は疲れた」
バルフレアは勝手なことを言ってさっさと部屋に引っ込んでいった。ヴァンはそんな彼の背中をにらみつけて唇を尖らせる。
「なんだよバルフレアのやつ!さぼんなよなっ」
「じゃあ君は私といっしょに調達係だ。殿下はどうなさいますか?」
え、うそおれも疲れためんどくさい!とバッシュの言葉に反応するヴァンを無視して、バッシュはアーシェを見る。
「殿下?」
しかし無反応のアーシェもといパンネロ。アーシェに脇腹のあたりを小突かれてやっとはっとする。
「え、あ、あたしのことか」
「殿下も武器屋にいかれますか?」
「えっと、あたしは…」
「殿下は体調が悪いみたいなので、部屋で休みたいそうです」
なにかを言おうとしたパンネロをさえぎって、アーシェが割りこむ。パンネロが瞬いていると、わたしの顔で変な言葉遣いをするなと言わんばかりの目つきでにらまれた。
「体調不良?大丈夫ですか殿下」
「はい、わたしが看病してるのであなたがたはいってきてください」
パンネロの代わりに答えているアーシェも、パンネロらしからぬ言葉使いである。しかしパンネロにそんなことを言える根性はない。
「では私とヴァンで行って参ります。行くぞ、ヴァン」
「へえへえ。あ、なあ。ところでフランは?」
「さあ…あいつはいつの間にかいなくなるからな」
「ちぇっ、空賊ふたりそろってさぼりかよ」
「まああいつらにはもとから雑務とかは期待していないしな…」
そんなことを言いながら街へ繰り出していくヴァンとバッシュの背中を見送り、ふたりはやっと肩の力を抜いた。
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