FF12 in reversal trial





「ええっと、せんぱい、こちらがフラン先生です。先生、彼女がクライアントのアーシェさんです」

 パンネロはにこやかに、ソファに向かい合って座る人物にそれぞれを紹介をした。お茶を両者の前においた後自分もソファに腰掛け、依頼人に視線を送った。パンネロは必死だった。理由は言わずもがな、せっかくの久々の客を見逃せないからである。

「あなたがフラン先生ですか。どうぞよろしくお願いします」

アーシェがゆるりと頭を下げた。平生の彼女からは考えられないほどその仕草は弱弱しく見え、パンネロはすこし胸が痛んだ。先程彼女のことを思いきり金づる扱いした自分を叱咤したくなった。

「……残念ながら、私はまだあなたの依頼を受けるとは決めていないわ」
「え……」
「ええっ!?」

しかし現実問題、現在パンネロがもっとも重要と考えるのは金銭のことである。その証拠に、腕を組んだ彼女の上司がこれまたわがままなことを言い出したのに、パンネロは依頼人以上の反応を見せた。

「ちょちょちょっとなに言ってんですかっ」

ぐいとフランのそでをひっぱり、彼女の耳元でささやかに叫ぶ。

「この依頼断ったらいつ次の依頼人がきてくれるかわかんないんですよ?それでなくても二週間ぶりの依頼人なんですよっ?せんぱ…依頼人はすぐにでももっといいとこに行こうと思えば行けるんです、なのにせっかくあたしが頼み込んでここにきてもらったのになんてこというんですかあ!」
「だって…あの依頼人気に入らないわ」
「せんせえ…!」

パンネロは懇願するように咎めるようにフランを見上げた。
 普段から仕事に対する情熱に著しく欠けている弁護士であることは知っていた。しかし今回はいつにもましてやる気がない。パンネロはえらそうにふんぞりかえる我が上司の説得を試みながら、昨日のことを思い出した。



「――依頼?」

 視線を落としたままのフランに向かって、パンネロは頷く。 

「はい。ほら、今話題になってる保険金殺人。あれの容疑者になってる方が先生に弁護してほしいって」

フランは六法全書から視線を上げ、それと同時に手にしていた分厚いハードカバーを卓上においた。彼女の趣味は法律について書かれた本を読むことである。それだけ法律のことがすきなくせにどうしてちゃんと弁護士の仕事をしてくれないのかパンネロは非常に不満なところだ。

「保険金殺人?」
「え…ちょっと、もしかして知らないんですか?…お願いですから新聞読んでください…」

 フランがまさにきょとん、というべき表情をしたのを見て、パンネロは力なく肩を落とした。

「大丈夫、必要なところは読んでいるわ」

正直、彼女にとって必要なものがなにで不要なものがなんなのかパンネロにはわからない。フラン的必要なものがまさか四コマだったりテレビ欄だったりと小学生並みでないことをただ祈るばかりだ。ありえないとは思うが、真剣にありえないと言いきれないのがこの上司の恐ろしいところである。

「それにしても…確か殺されたのってナブラディア商事の若社長でしょう?そして第一容疑者候補はその奥さん…。そんなお金持ちがどうしてわざわざうちなんかに頼むのかしら」
「え…、なんだ、先生事件のこと知ってるんじゃないですか」
「別に知らないなんて言ってないわ」
「でもさっき知らないって顔した」
「さっきはまだ思い出してなかっただけよ。あなたはすこしせっかちなところがあるわね、直したほうが大成するわ」
「……」

パンネロとしては、あなたのほうこそその独特のテンポで以って行動するのをよしていただきたい、そのほうが大成できます、あたしが。と言ってやりたいところである。

「…で、話もどしますけど。依頼人、つまり殺されたラスラ社長の奥さんのアーシェさん、実はあたしの高校の せんぱいなんです」
「へえ、あなたと違ってせんぱいとやらは人生の勝ち組なわけ」

 ふ、と楽しげにフランが鼻を鳴らすのを聞いて、パンネロは自分のこめかみの辺りに青筋がぴききと浮き出るのがわかった。…ほんとまったくそのとおりですよ弁護士のくせに負け組街道まっしぐらなあなたのもとで働いてる限りあたしは一生負け組みですよ!、と叫んでやりたいが腐っても上司、フランに口答えするのはいろんな意味で得策でないのをパンネロはここ最近学びつつあった。とりあえず深呼吸してすますことにする。

「…あたしはせんぱいが保険金目当てでそんなことするとは思えないんです」
「まあ確かに、直感的にはこの人は犯人じゃないわね。最初に疑われる人物は真犯人ではない。二時間サスペンスの基本だわ」
「……二時間サスペンスって」

フランの発言は常に真顔で発せられるため本気なのか冗談なのかの判別がつけにくい。まあどっちにしても好都合だ。彼女は多少なりともこの事件に興味を持っているらしい。もうひとおしだ。

「だから容疑者になってるって新聞読んでいてもたってもいられなくなって、それでせんぱいにぜひうちの先生に弁護させてくれって頼んだんです。せんぱいは絶対無実なんです。先生お願いします。彼女を助けてあげてください」

パンネロは早口でそう言い頭を下げた。

「……妙にそのせんぱいとやらに思い入れがあるみたいね」

すると頭の上からなにやら冷たい声がふってきて、パンネロはびくりと肩が揺れかけた。…確かにさっき述べたのは本音だ、しかしそれ以上にお金持ちの依頼人がほしかったというのがパンネロがアーシェに逆依頼をした理由のより大きな比重を占めている。まさか下心がばれたか、とパンネロは顔を上げた。

「えっとその、やっぱり高校のときお世話になったし、ええとそれに、あたし高校時代せんぱいのことすきだったし!」

なんちゃって、とパンネロは舌を出す。もちろん今のは下心をごまかすための軽ういジョークである。(実を言うとそれがまったくのうそかどうかと言われるとパンネロは力強く頷けないところもあるが) しかし残念ながら、フランにはその冗談は通じなかった。もともと愛想のかけらもないフランの表情は、パンネロが気づかないほど微弱であるが確実にその無愛想さを肥大させた。

「おもしろくないわ…」
「え、なんですか?」

フランはぼそりと呟き、そしてその声はパンネロには届かなかった。

「……依頼、断っておきなさい」
「え、なんで、ちょっと先生なに言ってるんですかっ、せっかくのお金持ちの依頼人…」
「いいから。私は絶対弁護しないわ」
「うそ、ちょっと、先生ー!?」



 …そして、パンネロの決死の説得によりやっとなんとか面会までこぎつけ、冒頭にもどるわけである。しかし、そこまで言うなら会ってあげても、と言ってくれたフランが、まさか依頼人を目の前にそんなことを言い出すとはパンネロの予想外である。

「ちょっと、パンネロ。どういうこと?事務所はちいさいが腕は確かだからと頼んできたのはあなたでしょう?」

 アーシェの言い分ももっともであり、怒るのも無理はない。どうしてもと頼まれてきてみれば、依頼を受ける気はないなどと言われるとはいったいどういうことなのか。

「ばからしい。帰るわ」
「うわー!せんぱいちょっと待って。今の先生なりのジョークなんですだから怒らないでっ」

もちろんジョークなんかではない。フランは本気も本気だった。パンネロだってそんなこと痛いほどわかっていた。しかしそうでも言わないと気の短いアーシェは本気で帰ってしまう。立ち上がりかけたアーシェの腕をパンネロはつかむ。

「ジョーク?」
「そうそう、ジョークなんです。先生は腕は確かです安心してください!」
「ちょっとパンネロ、ジョークなんかじゃ…」
「先生は黙っててください!」

やばい、フランは本気で依頼を断る気だ。それじゃあアーシェに頭を下げまくった自分の苦労もわざわざ出向いてくれたアーシェの苦労も台無しである。

「せんぱい、あのですね…」
「私はこう見えて忙しいのよ。あなたの依頼を受けるほどひまではないの」

どの口がそれを言うか。ここ最近ひまだひまだと「面白いほどよくわかる法律(入門編)」を斜め読みしていたのは誰だ。チェスをしようとパンネロがあまりやり方がわからないのを知っていて相手をさせてあなたじゃ相手にならないわとあくびしていたのは誰だ。パンネロ、堪忍袋の緒が切れる寸前である。

「あー違うんですせんぱい、仮に忙しかったとしてもせんぱいのためにしっかり時間とってありますから!」

ぎゅ、と逃がさぬようアーシェの手を両手でにぎる。と、手刀がすかさずそれを断ち切る。

「いたっ、先生なにするんですかっ」
「……。依頼を受けるかどうかは私が決めることよ。勝手に決めていちゃいちゃしないで」
「い、いちゃいちゃって…」
「それと」

フランはすっとアーシェを見た。

「そちらの会社、最近経営がうまくいってないみたいですね。借金のほうもけっこうあるとか」
「……っ」

アーシェが息をのむ。

「え…そうなんですか」
「……」
「それなら、保険金は今のあなたにとってはとても魅力的なものなのではなくて?」
「ちょっと先生、それって…」
「わたしが夫を殺した、と?」

アーシェが静かに言った。パンネロはフランを見た。

「せ、先生。先生だって彼女は犯人じゃないってこの間言ってたじゃないですか」
「そうだったかしら。でも冷静に判断すればそういう結果になるのが自然だわ」
「そんな…」
「それでは、あなたも世間と同じでわたしを犯人扱いするのですか」

パンネロが反論しかけたところでアーシェがフランをにらんだ。その眼光の鋭さは、にらまれているわけでもないパンネロまでひるんでしまいそうなほどだった。フランをちらりと見ると、あいかわらず無表情で腕を組んだままだ。

「そういうことね。私は無罪の人間の無罪は勝ち取っても、有罪の人間に無罪判決を下させる気はないわ」
「先生!」

 今日のフランは微妙におかしい。わがままなのと愛想がないのはいつもどおりだか、なんで今日はこんなに依頼人にけんかを売るのだろうか。アーシェのほうもすっかり臨戦態勢だし、いったいどうしたらいい。

「だいたい、気に入らないのよ」
「え?」
「パンネロのせんぱいだかなんだか知らないけどこんなところまできて人の目の前でいちゃいちゃと…」
「いや、いちゃいちゃなんてしてませんけど…」
「とにかく。私はこの依頼人が気に入らないの。弁護なんてしたくないわ」
「……ちょっと待ってください。もしかして先生、依頼人が気に入らないからなんていう超個人的な理由で依頼も受けないし挙句犯人扱いまでしたんですか」

そんなまさかと思いつつフランを見ると、それがなにか?とでも言いたげな視線がパンネロを見下げていた。…ぷち、とパンネロの中のなにかが切れた。

「せんせ…!」

そして叫びかけ、しかしパンネロははっとした。怒鳴ろうとした勢いのままアーシェを見る。すると彼女はもちろんしっかりと今のフランとパンネロの会話を聞いていたらしく、先程までの険しいものとは打って変わった呆れたような視線をフランに送っている。

「…パンネロ、どうもわたしはこのフラン先生は信用できないわ。あなたには悪いけど他をあたります」
「え、うそちょっと待って」
「ええそうしてくださいな。さっさと帰ってちょうだい」
「ちょっと先生は黙っててください!せんぱい、もうすこしだけ話を…」
「パンネロ、せっかく帰るって言ってらっしゃるんだからいいじゃない。それよりもチェスでもしない?今日は手加減してあげるわ」
「おまえはほんともう黙ってろ!!」

パンネロの怒号が、フラン法律事務所内にこだました。
 ……はてさて、パンネロは無事フランに依頼を受けさせることができるのか。




唐突に終 そしてつづかない






かけらも逆裁的要素がなくただの弁護士フランその助手パンネロ依頼人アーシェな現代パラレルに…orz

07/03/20 FF12イン逆転裁判