imitative lust





 連中が寝静まったころ、ヴァンを叩き起こしてシュトラールの中を見学させてやると言ったら尻尾を振ってついてきた。俺はそれを一瞥して胸のあたりがざわつくのを感じた。

「うわーっ」

 操縦室に入ってからこいつはあほみたいにうわーとかうおーとかそういった叫び声しかあげていない。俺は入り口のそばの壁によりかかって操縦席に座るヴァンをながめた。ヴァンはちらちらと俺を盗み見る。さわってもいい?と好奇心のあふれる瞳が語っていた。俺は肩をすくめて見せた。ヴァンはそれを自分の都合よく承諾の合図に受け取りやったあと叫んだ。

「壊すなよ」
「わかってるよ、へへ」

声をかけたらいつにもまして上機嫌な顔が振り返った。ヴァンは粗雑な人間に見えて飛空挺のこととなると急に細かいところに神経を使えるようになる。その証拠にデリケートな機械にふれる指先は恐ろしく慎重だ。もちろんそれっくらいじゃないと俺がシュトラールにさわらせるわけがない。それにしても、俺が急にシュトラール見学に誘ったのをこいつは妙に思わなかったのだろうか。誘った瞬間は多少は思ったのだろうがトリアタマのこのがきは恐らくすでにそんな疑問は飛んでいっている。
 ふと思い立ち、俺のことなんて忘れているようにはしゃいでいる背後にやわやわと近づいて操縦席に座るがきを肩口から見下ろした。ヴァンは、のんきに俺を見上げる。

「なに」

不思議そうにヴァンが呟ききる前に、俺はそいつの口をふさいだ。なにでふさいだかというと、俺のそれでだ。感触は思ったとおりしっとりとしていた。すぐに離したら、あいかわらずのあほづらが俺を見上げた。俺は今度は右の掌でヴァンのあごとほほをつかんで固定してすこし乱暴に噛みついた。ヴァンは抵抗も忘れるほど驚いていて俺にされるがままだ。適当に、でも乱暴にすることは忘れずにヴァンの口の中を舌でかき回した。ヴァンは目を開いたままだ。このがきはこういうときに目を閉じるってことすら知らないらしい。俺は唐突にこんな行動を取った己を棚に上げてあきれたふうに片眉を上げた。もっともヴァンはそれどころではなさそうだか。

「…っ」

 突然脇腹に衝撃が走った。思わず一歩下がると、それによってできた操縦席と俺の体との隙間からヴァンが抜け出ていった。どうやら殴られたらしい左の脇腹を両手で押さえる。間抜けなかっこうだ。俺は痛みよりもそっちのほうが気になって顔をしかめた。ヴァンは、先程まで俺が立っていた入り口の横で肩で息をして唇を手の甲でぬぐっていた。

「な、なにすんだよっ」

うわずった声が響く。俺はそういう声を聞くのが実は意外ときらいではない。

「なにって、キスだ。おまえはそんなことも知らないのか」
「そんなこと言ってんじゃねえよ!それっくらい知ってる!なんでおれに、その、キスするんだって聞いてんだよっ」

あいかわらずうわずっている叫び声は心地よかった。
 理由は特になかった。ただなんとなくしようと思ったからした。ただし本当は、元々こいつをシュトラール見学に誘ったのはこれをするためだった。なんでそんなことしようと思ったのかは知らない。自分に問う気もない。しかし、しいて言うならば、

「…まあ、おまえを傷つけたかったってとこか」

ひとり言のごとく囁かれた俺の台詞はやつのところまで届いていなかった。今なんて言ったんだ、とヴァンが眉をひそめているのが見えた。

「こういうことは、女とすればいいんじゃないの?なんでおれなんだよ」

 混乱から立ち直ってきたらしいヴァンはああ気持ち悪いと顔で言いながら唇をまだぬぐっている。俺は操縦席の背もたれに手をついてよりかかってため息をついた。失敗だった。このくそがきがキスくらいで傷つくたまではない。頭痛がしそうでこめかみを押さえたくなった。

「おい、見学はもういいのか?」
「え、えーっと…」
 ヴァンは言いよどんだ。急に俺が機嫌の悪い声を出したのと先程の俺の奇行をすっかり無視した話題変換についてこれないようだった。俺は今の状況が面倒くさくなってきて、もうもどるぞ、と言おうとしてヴァンに一歩近づくと、ヴァンはびく、と肩を揺らした。意外にも、なんだかんだ言ってこいつは俺からの予想外の接触がこたえているようだった。俺がそれに柄にもなく本気で驚いてすこし目を見開くと、ヴァンはそれに反応して悔しそうに顔を歪め、もう一度口のあたりを乱暴にこすった。

「さっきのこと、フランに言いつけてやるからなっ」

 ヴァンの捨て台詞はなんともがきくさいもので、辟易した俺は逃げるように駆けて出ていくくそがきの後姿をただ見送った。フランに告げ口するのはよしてもらいたい、となぜか鈍く動く頭で考え、しかしやつは恐らく先程のことを誰にも言わないだろうという妙な確信がわいてきて俺は自分の思考回路に生まれて初めて疑いを持った。
 しばらくやつが消えていった方向をぼおっと見遣っていたが、ふと我に返り、俺は先程までヴァンが楽しそうに座っていた操縦席に腰を下ろした。視線をめぐらせれば見慣れたシュトラールのコックピット、俺は、意味もなく今日はここで寝ようと思った。




end






07/02/17 模造の情欲