if you want to touch it
ぼくはガブラスを私室に呼び、おとなしくドアを閉めた彼をベッドの上から見つめた。真っ白なシーツのはしっこに腰掛けたぼくは、ゆっくりと近づいてくる彼がじれったくてしょうがない。早く、と言ったらガブラスはわずかに頭を垂れて歩幅をおおきくした。すぐに彼はぼくの目の前まできて、ちいさなぼくを見下げるかっこうになる。兜で顔を覆ったままの彼を思う存分見上げた後、ぼくはそれを取るように言った。緩慢な動きで取り除かれた仮面は、やっとぼくに彼と目を合わせることを許した。鋭い眼光の男の視線が、ぼくの眉間のあたりに集中し、それはまるでぼくの顔に穴を開けるんじゃないかと思えるほどだ。兜をとったときはぼくから目をそらさないようにと言ったのはぼくだ。彼は真面目にぼくを見つめることをやめない。それは心地よくまるで独占できている気になれて、右目の奥がいつも痛くなる。原因は不明で、でもぼくはそれすらも心地よいのだ。
「ガブラス」
別に用もなかったけど名を呼んだ。彼は無反応だ。彼は、ぼくが用があって名を呼ぶときとそんなものなくてただ衝動で名前を呼んだだけのときの違いをわかってくれる。
「ガブラス」
彼の名を呼ぶのがすきだ。それがぼくの口から紡がれるのがすきだ。きっと彼もぼくに自分の名前を呼ばれるのはすきだ。そのはずだ。だからぼくは彼の名を呼ぶ。ガブラス。ガブラス。あなたはぼくの名前を呼んでくれないの?
突発的に手が伸びて、つめたい鎧にふれた。ぼくがまっすぐ手を伸ばすと、彼の腰のあたりにふれることになる。ゆるゆるとなでてみて、無機質で硬質な触感に指先が麻痺しそうになり、しかしこのつめたさがこの硬く薄い壁に覆われている生身の彼のあたたかさを際立たせるために存在しているのだと思うと、わずかにそれすらいとおしく思えてしまう。
両手を彼の腰の背側にまわして抱き寄せようとしたら、ガブラスは抵抗するかのようにぼくの肩にふれた。彼にふれてもらうのはうれしかったけど、まるでそれに拒まれた気になって、ぼくはむきになるように彼に抱きついた。ガブラスは、それ以上の抵抗はしなかった。ガブラス、ともう一度名を呼んだら、彼はかしゃ、と鉄のこすれる音をさせてぼくの肩甲骨のそばに右手の掌をのせた。
「…ガブラス、あなたはどうしてこの部屋にきたんですか?」
ガブラスは答えない。わかっていたけどすこしつまらない。
「ぼくが呼んだからですよね。じゃあ、どうしてぼくがあなたを呼んだのかわかりますか?」
やはり答えない。ぼくはひとりでしゃべるのはすきではない。それなのに、彼が答えないとわかっていてそれでもぼくは彼に語りかけるのをやめられない。ガブラスはぼくにとってトランキライザーであるはずなのに、ぼくはその価値を無視してぼくを混乱させるようにしむけてしまう。ガブラス、ぼくはね、ぼくは、ぼくはあなたが……。
唐突に、ガブラスがぼくをやんわりと引き剥がそうとした。それは恐らくガブラスがそうするのがいちばんいいと思ったからそうしたのであって、ぼくが嫌だと思うとは夢にも思っていなかったんだろうと思う。ガブラスは常にぼくのためを考えぼくがいちばん気持ちいいと感じるであろう状況へ持っていこうとしてくれる。しかし今のは明らかに誤った行動だった。なぜなら、ぼくの頭に急激に血が昇ったからだ。
ぼくはガブラスを突き飛ばした。でもおおきな彼はぼくのやわな腕力なんかじゃ望んだほどぼくから離れてはくれなかった。右足を一歩だけ後ろに引いた彼は無表情の中にわずかにだけ困惑の色をにじませて、やはりぼくの眉間を見つめた。ぼくはそれを見返し、自分の今の表情を想像できないでいた。
ガブラスの口が開きかけた。彼がなにかの言葉を発そうとした。それは今のぼくには想像を絶する恐怖で、ぼくは我を忘れて立ち上がり彼の鉄に囲まれた腕をつかんで引いた。彼はあっけなくベッドの上に落ち(本来は非力なぼくにそんなことができるわけなく、ガブラスが倒れたのは彼のぼくに対する最後の情けだった)、がしゃがしゃ、と鎧がおおげさな音を立てた。ぼくはわけがわからないままガブラスを仰向けにさせ、その上に馬乗りになった。殺してやりたいと思った。
「……殺してやる」
思ったことが口に出ると、手が勝手に彼の首筋にのびていった。ガブラスはまだぼくの眉間を見たままだ。ほんのりとあたたかい皮膚は、ぼくを興奮させた。口元がふるえて息があがった。
「殺してやる」
ころしてやるころしてやるころしてやる。ぼくは何度も頭の中でその台詞を繰り返し、本気で指先に力を込めた。
「殺してやる、殺してやる、殺して……、……」
でもずんぐりと太い彼の喉元は、ぼくの貧弱な指が全部そろったところで、びくともしなかった。
end
管理人が襲い受けの定義を間違って解釈しているという説が有力
07/02/12 ふれたいならば