complex
夢を見た。多分俺が子供の頃の夢だ。まだ生まれてから10年も経っていないほどの子供がこっちを見ていて、それはきっと昔の俺だったのだ。なにかをしゃべっている。恐らくとりとめもないただの単語の羅列だ。俺はそれを聞く気になれない。一生懸命話している昔の俺の話を聞く気になれない。
だから俺はそいつを見返す。子供の目をする俺を見返す。かなり久しぶりに見たはずのそれは不思議なほど見慣れたものに身近なものに感じられた。なぜだ。
ヴァンが俺を見る。俺はやつの目が苦手だ。まっすぐなやつの目が。それはまるで俺を突き破るかのような気がするのだ。なぜかはわからない。あいつがまっすぐな目をしているからか?いや違う、俺は他にもたくさんまっすぐな目をする人物を知っている。バッシュだって、フランだってそうだ。しかし誰ひとり俺を臆させるものはいない。それなのに、俺は無敵であるはずなのに、なぜヴァンごときを気にしなくてはいけないのか。
突然夢の中の子供の俺と目の前のヴァンが重なる。そうか、と思った。ヴァンは子供の目をしているのだ。子供の目は事物を折り曲げずそのまま受け止める。しかし俺は別に子供の目が恐いわけではない。やつは子供なんかじゃない。子供の目をしているくせにもう子供などではないのだ。やつの周りのやつは誰も、むしろ本人だって気づいていないだろうが、やつはもう子供なんかじゃない。俺が言うんだから間違いない。やつは、もう自分というものを持っているのだ。
そうだ、俺はそういう人間が苦手なのだ。もう子供じゃないくせに、子供の目をしやがるような人間が。ヴァンはそれの最たる人物だ、と俺は確信した。こっちを見ないでほしい。俺を突き破るな。
ヴァンはよくしゃべる。際限なくしゃべりつづける。なにがおもしろくてそんなに声帯を震わせたがるのか俺にはてんで理解できない。やつは自ら望んで口を動かしつづける。
俺も子供の頃はよくしゃべる子供だった。しかししゃべりたくてしゃべることなんて本当にまれだった。しゃべらなくちゃ気まずくてしょうがなかったのだ。子供の頃の俺の部屋の隅にはいつも世話係の男がたたずんでいた。なにをするでもなくたたずんで、時間が経過することだけを望んでいた。でも俺はたえられなかった。無言のふたりきりの空間は俺を狼狽させる。まるであの大人に責められている気になる。俺はあの大人に時間つぶしの役を押しつけられているような気になるのだ。だから俺はしゃべった。あの大人に向かってべらべらべらべら中身のない風船みたいな話を積めば空まで届くんじゃないかというほどしてやった。
でも俺は気づいた。あの男はそんなことを望んでいない。俺の世話係という面倒な役を押しつけられた時点で男は空気になったのだ。いてもいなくても変わらない存在。俺の部屋の中で、男はそうなることを自ら望んだ。それを知らなかった俺は、全く以って無駄なおしゃべりを何年もつづけてきたのだ。ばからしくてやってられない。
俺はそのことについて気づいてから極端に無口になった。男はそれについても特に反応しない。俺の無駄話がなくなって寂しいと思っているような仕草どころか、気にするようすもみじんもない。俺はなんと愚かな道化師だったのか。
俺はもう他人のことを気にするのをやめた。気遣うのをやめた。結局それは無駄でどんなに人間ががんばっても、望まない気遣いは他人は気づこうともしない。むしろ邪魔だとすら感じるのだ。だから俺は他人のためにしゃべることをやめた。俺にとってしゃべることは他人のためだったが、俺はもうそれをしない。
それだというのに、ヴァンという男はしゃべりつづける。しかも俺のように他人に気を遣っていることにより生じる行動ではない。しゃべりたいからしゃべっている。信じられない。そんなことが自分のためにどんなふうに役立つと思っているのか、全く役立たないに決まっているのに。
理解させろ、俺にお前の心理を理解させろ、わかんねえままじゃ気分が悪いんだよくそがき。俺に教えてみろ、おまえがしゃべる理由を。
そうしないと、俺の中にまだいる生まれてから10年も経っていない俺がおまえを恨むのを止められない。
end
バルフレアは子供のときから苦労性だったっぽそうだからヴァンみたいな自由で奔放な人間にいちどでいいからなってみたいんじゃないかな
07/01/-- 劣等感