strange door
死ぬとわかったとき、オレは果たして死にたくないと思ったのだろうか。
尊敬するバッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍に刺された。あの瞬間確実にオレは死ぬと思った。たとえ今生きていたとしてもあの瞬間は当時のオレにとって最期の瞬間だった。
オレは自分の最期のときに自分がどう思うのか昔から気になっていた。昔から、というのを具体的に言うと、両親が死んだ瞬間から、だ。オレの両親は流行病で死んだ。あっけないものだった。人間というのは本当にもろいと思う。病気ひとつで身動きが取れなくなりどうしようもなくなってそのままさようならなのだ。オレは父さんも母さんもすきだった。そしてオレとたったふたり残されたふたつ下の弟も。弟は泣いていた。ちいさかった弟は父と母がすべてだったという勢いで泣いていた。オレも泣いた。でもなぜ涙が流れてきたのかわからなかった。死というものの意味がオレはまだわかっていなかったように思える。そして今もまだわかっていないように感じるのはきっと気のせいではない。
死ぬ間際の両親はオレがなにを言ってもわかっていないようすだったしなにかをオレたち伝えようとうめくがなにを言っているのかてんで理解できなかった。意思疎通ができず家族がばらばらになったままオレの両親はオレたちをおいて去っていった。
あの人たちはきっと死にたくないと思ったのだろう。だから必死にオレや弟になにかを訴えようとしていた。でもオレにはそれは伝わらなかったし弟にだって同じだったと思う。弟は父さんや母さんがおぼつかなく口を動かすたび目に涙を浮かべて頷いていたが実のところまったく彼らの意図がわかっていなかったとオレは思う。しかし頷いただけでもきっと弟は両親を満足させたのだろう。昔から弟は両親を満足させるのが得意だった。
オレはあのときどう思った?なにを思って弟の名を呼んだ?死にたくないと思ったのだろうか。
あのときのことは横においておいたとして、オレは一度も死にたくないと思ったことがない。たとえば今なにかとても熱中していることがあったとしてそれをやりとげるまではできれば死にたくないなあと思うことは何度かあった。しかしそれはきっともし本気で死に直面したらああそうかと受け入れてしまえるような重みのない意志だ。オレは死にたくないと思ったことがないのだ。
父さんと母さんはどんな気持ちだったのだろうか。死にたくないとはどんな気持ちなのだろうか。一度死の瞬間を経験したオレは、それでもその気持ちを知らない。オレはなぜ生きていたのか。なぜ生きているのか。オレは死にたいのか?
「兄さん」
それでもオレは、ガルバナの花の色と匂いに引きとめられて、弟の名を心の中で囁く。
end
それが死にたくないってことなんじゃないかなあと思ってみる
07/01/-- 見知らぬ扉